はい、こちら加茂ちゃんで~す。

デジタル時代に生きる、アナログ人間の日々。

2008年05月

川田亜子さん・・・ご自分で命を絶たれたんですね。彼女の気持ちは彼女しか分からないこと。だから何も言えませんが、ただ一つ言わせてもらうなら「報道キャスター」を目指していたなら、もっと弱音や自分をさらけ出してほしかったです。「自分と向き合うこと」で「相手に何かを伝える」ことができるようになると思うのです。
そんなことより、昨夜の「アクセス」での渡辺真理さんのコメント、ステキでした。やっぱり同じような立場にいないとあんなこと言えませんね。それにしても「なんとなく、クリスタル」なコメンテーター。クリスタルなことなんか言ってないで、あのときはさっさと真理ちゃんにマイク任せた方が、まだお利口さんだと思われますよ。クリスタルな月曜日とキャンキャンうるさい金曜日は、「アクセス」をあまり聞く気になれないんだけど。

「相棒 シーズン1」で何となく色っぽい先生、前原恭子役をやっていた美保純さん。亀ちゃんの世代にとってはアダルト系なイメージなのです、恭子役をやったときも「あんな先生なら個人授業受けたい」なんて思ったもの。最後に引き取られた生意気な子供、恭子先生と一緒に暮らして、本当に大丈夫なのか?他人事とはいえ、将来が心配になった。やっぱり右京さん、「男女関係」には疎いのか興味ないのか、「細かいことは、気にせずに」二人を送りましたが、見ているこちらの方が将来の二人に興味を覚えた。
どうも細かいことが気になりまして、ボクの悪いクセ!
美保純さんといえば、先日CSで「ウルトラマンメビウス」を見ていたら、出演していた。何とも今の時代に子だくさんの母ちゃんで、昼間はGUYS基地で働く「食堂のおばちゃん」なのである。なんだかなあイメージを見事に壊してくれました。あの美保純ちゃんがここまでやるのかというくらい。子だくさんなところは「さすがにがんばった結果」だと納得。それ以上に自分を「乗っ取った宇宙人」を逆に乗っ取り、生還してしまったパワーに驚いた。歴代のウルトラマンと人間との合体シーンのオマージュなのですが、最後には「巨大化シーン」までやってしまった。
もはや前原恭子先生のイメージは吹っ飛んで「おばちゃんパワー」全開でした。それもそのはず、生まれた年は亀ちゃんと同じ、1960年。確かに中年世代でした。

おことわり、アダルト系のトラックバックは「掲載許可」しませんので、ご了承下さい。

昭和40年代、私は熊谷というところに住んでいました。父親はセメント工場の運転手、高度成長期の真っ只中のため、ダムや原子炉の建設ラッシュ、日曜日も休みなし。朝は3時に出て夜8時に帰ってくるという生活でした。
航空自衛隊熊谷基地近くの社宅にいたので、夕方になると家の前を自衛隊員たちがぞろぞろと行進していき、私が見ていると手を振ってくれる隊員さんもいました。
さてどうやら今は「死語」になったらしいのですが、熊谷基地正門周辺地域を「キャンプ前」と呼んでいました。由来は分かりませんが、私の勝手な解釈で終戦直後の一時期、アメリカ陸軍の駐屯地があった名残かなと思ってます。実際住んでいた社宅も米軍払い下げの兵舎を改修しただけで、バス・トイレも1ユニットというビジネスホテルのような作りでした。
社宅周辺には店もなく、「キャンプ前」に行かないと買い物ができませんでした。アイスやお菓子を買うにしても正門前のたばこ屋さんまで行かないと買えませんでした。そのたばこ屋さんも今はなくなり、コンビニエンス・ストアとなりましたが、果たして同じ家族が経営しているのかな?
八百屋さんや魚屋さんは、自動車で売りに来たり、御用聞きのおじさんお兄さんも元気で、母がいないときにくると私はすまして「お兄ちゃん、チョコレート持ってきて」と注文しては食べていました。
それでも肉類だけは出かけないと買えず、「桜井精肉店」で買っていました。お店に入るとラードの香りがしてきて、コロッケやメンチカツハムカツやらウインナーフライがおいてあり、コロッケをおやつ代わりに買ってもらう。あれから何十年も経っただろうか。コロッケを何十回も食べているが「桜井精肉店」のコロッケの味に勝てるものはなかった。これからも出てこないと思う。何年か前「ぼだい樹」のヘルパーさんに買ってきてもらいましたが、「あの味」変わっていませんでした。
昭和40年代といえば、ウルトラマンとサンダーバード。サンダーバードのプラモなんて一時は、ガンプラと同じくらい人気でした。残念ながら「キャンプ前」には玩具屋さんや模型屋さんもなく、どういう訳か「水村時計店」で買っていました。買っても自分では作れないので、酔っぱらった父を捕まえたり、近所の兄ちゃんに作らせていました。
昭和50年代になると、BCLブームが巻き起こり、父がひいきにしていた「池田ラジオ」おそらく今の「池田デンキ」短波ラジオを買ってもらって、毎晩聞いていました。父と「池田ラジオ」の社長、なんか仲良かった。
そんなこんなで「キャンプ前」の思い出。私は生まれも本籍も秩父なのですが、故郷といえば幼年期を過ごした熊谷市拾六間の方を思い出す。できれば人生最後のひとときは拾六間で過ごしたい。
あっ!もう一つだけ。「キャンプ前」とは熊谷市美土里町あたりでした。

紅白なんてしばらく見てないけれど、今年はどうなんだろう?水谷豊さんが出演して、寺脇康文さんと仲間由紀恵ちゃんが司会で、審査委員長が生瀬勝久さんなら見ても面白そうだし、演歌勢はテレビ東京に行ってもらって、聖子ちゃんや明菜ちゃんたちが歌ってもらえば、思わず涙ですね。

「相棒」もすっかり有名になってしまった。レギュラー化初期の頃は1クールで、裏番組も強力で本当に試験的のようなものだった。おまけにシーズン1の最終回では、特命係は「解散」してしまった。まあ運が良かったのは、刑事役をやっても「殉職」経験のない水谷豊さんと「殉職」嫌いな東映さんが組んでいたので、いろいろこぎつけてシーズン2までつながるようにしておいてくれた。これがまあ東宝さんなら、格好良く右京さんも殉職してしまい、シーズン6はおろか映画化もなかっただろう。まあ「刑事貴族2・3」以外の東宝さんの刑事ドラマは、何となく雰囲気が好きではない。「殉職」も多すぎるし格好も良すぎる。東映も「はぐれ刑事純情派」の後期になると、やたらと「殉職」させてグダグダとお説教臭くなった。その頃からあまり魅力がなくなってしまい、見る気もなくなった。
やっぱりテンポが良くて、ストーリーがさっぱりしているけれど、何かを考えさせてくれる「相棒」を見ていて良かった。いつも流行に疎い自分だが、最近は「相棒」通と呼ばれてしまう。

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